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【エッセイ】親愛なるポワロ

親愛なるポワロエッセイ

小さな田舎の小学校の図書館で、私は彼と出会った。児童向けに編集されたアガサ・クリスティーの短編集を手に取った私は、ページから飛び出してきたエルキュール・ポワロに夢中になった。「灰色の脳細胞」という言葉の虜になり、読みながら頭の中でその世界観を想像するのがたまらなく好きだった。そこから色んな推理小説を読み漁るようになったが、ポワロ以上に夢中になれるキャラクターはいなかった。

私の場合極端なことを言うと、犯人が誰なのか知りたくて推理小説を読み進めるタイプの読者ではない。最初から犯人が解っていても、「突き止める側の主人公(私の場合はポワロ)がどれだけ個性的に事件を解明してくれるか」を楽しみたいのだ。あの手この手で罪から逃れようとする犯人を、謎を解きながら追い詰めていく過程が「いかに主人公らしいか」が私にとって最重要ポイント。まぁ、こんな発想になってしまったのも全てポワロのおかげなのだが・・・。

ポワロには派手なカリスマ性やスター性はない。どちらかというと、彼の神経質な性格のおかげでたっぷりとまわりくどく謎を解いていく。でもそこにこそ、ポワロの人間に対する尊厳と愛が詰まっている。いつだって彼は冷静で紳士的だが、時には大声で犯人を罵倒したりもする。しかしポワロが辿る犯人へのアプローチにはそんな時ですら茶目っ気とユーモアが秘められていて、気高いのだ。だからそんなポワロをまた見たくて、折に触れて小説を読み返してしまう。自分にとってその行為は、ねじ巻き式の時計を正確に合わせるメンテナンスのようなもので、仕事に行き詰った時や人間関係に悩んだ時、気合を入れたい時や入り組んだ思考をリセットしたい時につい手に取ってしまう。

大学生の頃、身体を壊して3ヵ月程入院したことがある。田舎から上京して一人暮らしをしていた私はすぐに故郷に帰り、地元の病院にお世話になった。入院初日、当然両親が着替えや身の回りのものを準備して駆けつけてくれたのだが、父が何よりも先に病室に持ち込んでくれたのが、ハヤカワ文庫のポワロシリーズだった。私がこれを読めば精神的に元気になるのを父は知っていたのだ。両手いっぱいに本を抱えてきた父の姿に泣きそうになったのを今でも憶えている。

きっとこの先何年経っても、どこに引っ越しても、私の本棚にはポワロがいる。それがたまらなく嬉しいし、幸せに思える。アガサ・クリスティー限定の活字中毒になってしまった私から、短編集を手に取ったあの頃の自分を褒めてあげよう。

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