私にとって、映画を観ることは現実から離れた異世界への旅行みたいなものだ。本来の趣味とはかけ離れた作品を観る時は、期待と緊張がごちゃまぜにして一人で初めての地を訪れる気分になる。そして気に入って何度も同じ作品を観ている時は、人生の節目に必ずその地を訪れ、リラックスしながらも心をリフレッシュして新たに元気をチャージしているような気分になる。
そしてその旅行気分を盛り上げてくれる重要な要素が、音楽である。鑑賞する者と作品の距離をいい塩梅に保ち、作品から送られてくるあらゆるメッセージに彩りを添えてくれる。
高校生の時、『You've got mail.』という作品に出会った。作品が公開されてから4~5年程経っていて、何かの雑誌のおすすめ映画の記事を見て気になり、ビデオを借りに行った。ニューヨークの片隅にある小さな絵本専門店を舞台に繰り広げられるロマンティックコメディ映画に、高校生の私はときめいた。
主演のメグ・ライアンに憧れ、大人になったらこんな風におしゃれで個性的な恋愛が出来るんじゃないかとドキドキした。そして私はこの作品のサウンドトラックCDを手に入れ、イヤホンで聴きながら通学していた。まるで自分がメグ・ライアンのような女性になった気分で、バスの窓から外の景色を見つめてみたり、街行く人々を眺めたりした。「この曲はあの場面でかかっていたっけ、そして主人公にこんなことが起きて・・・」と音楽を聴けばその場面がすぐに思い浮かぶまで聴き込んだ。
私にとってその時間は宝物だ。映画が頭からつま先まで体中に染み込んだような感覚で、テレビドラマやアニメとは違う「映画」の魅力を体感した時間だったからだ。大人になった今でも、この『You've got mail.』のタイトルを聞くと、作品の内容よりもまず音楽が頭の中に流れてくる。そんな作品はやっぱりこれだけだ。
大人になった今、満員電車で通勤する行き帰りにはイヤホンで何かを聴きながらその時間を過ごす人たちを目にする。「どんな音楽を聴いているのだろう」、「私みたいに、何かの映画のサントラを聴いていたりするのかな」と想像するのが私の楽しみの一つだったりする。その音楽との出会いを作ってくれたのが映画だったとしたら、どんな作品でいつその作品に出会って、どこがその人の心に引っ掛かったのだろう。楽しい想像にわくわくしながら、私はまた『You've got mail.』のサントラを聴いている。